Thursday, September 6, 2007

★最終回☆

ビルマ小児医療資金(BCMF: Burma Children Medical Fund)
クリニックの小児科にやってくるケースの中で、手術や高技術の治療さえ受ければ完治する確率の高いのにもかかわらず、治療費の払うことができない為そのまま死を待つしかならない子供達が沢山います。そういった家族の為に2002年、アメリカからクリニックにボランティアにやってきた小児科医の手によってビルマ小児医療資金が創立されました。現在はタイ出身、オーストラリア育ちの看護婦カンチャナの手によって継続されています。しかしBCMFに見当されるケースの数は年々増え続けており、カンチャナ一人では大変な状況で、『手伝ってくれないか』と言われ最後の数週間、BCMFのお手伝いをすることができました。お手伝いした仕事の中、一番個人的に影響を受けたのがスポンサーや投資者の為のプレゼンテーションの作製。各ケースを報告しなければならないので、子供達の生い立ちや病状など詳しく学ばされ、ショックでした。ケースの殆んどは腫瘍の肥大、中には手遅れの癌のケースもあります。他には心臓病、腸閉塞、フィスチュラなど、発見さえ早く、適当な治療を受ければ死亡という結果にはならない病気が多くありますが結局、クリニックにやってくる人達、特に幼児達は年中ジャングルの中で逃げながら生活をしている上、貧困、そして小数民族差別の為にビルマ国内で医者の診療を受けることが不可能なので、皆悪化してからやってきます。クリニックにはタイの大病院の様な手術施設や治療に必要な器械や技術者がおりません。その上、殆んどの患者は法律的に認められてない(違法に国境を越えた為)ので病院に簡単に委任することもできません。そんな中、BCMFは世界中からスポンサーや投資者をさがして小児患者の治療と延命に努力をしています。とても心に残る経験ができました。

お別れ会
私達の出発する数日前に、ドクター・シンシアとクリニック事務のスタッフがお別れ会をしてくれました。行われたのはクリニックのすぐ傍にあるドクター・シンシアの家のお庭です。お庭は公園として近所の人々が利用できるようになっていて、お別れ会にも沢山の近所の子供達や近くに住むクリニックのスタッフが来てくれました。ちゃんとプログラムまで組んでくれて、ドクター・シンシアと難民中学校の校長先生はスピーチまで挙げてくださり、その上難民高校の校長先生はギターで歌を歌ってくれました。私とアニーも一言ご挨拶をしましたが、アニーが途中で涙ぐんでしまったので私もギターで歌を歌って感謝の気持ちを伝えました。その後、難民学校の生徒達からプレゼント(カレン族の民族シャツ、バッグとTシャツ)を頂き、皆で写真を撮ってアイスクリームを食べて最後のお別れを告げました。

ただ3ヶ月だけボランティアしに来ただけなのにこんなに良くしていただいて本当に嬉しく光栄に思います。今回仕事を通して出会ったカレン族やビルマ人のクリニックや学校のスタッフ、本当に素晴らしい人達です。出会う事ができて本当に良かったです。これからもビルマに平和が訪れるまでがんばってほしいと願います。私も自分が出来ること、これからもやっていきたいと誓います。

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これで2007年夏のメータオクリニック経験記録の書き込みは終わりますが、これからもビルマ関係の情報、手に入り次第アップロードしたいと思っております。ご期待下さい!

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